すごい本を読んでしまった。
井上靖の『しろばんば』です。
小学校低学年の時の国語の教科書に、
一部抜粋が載っていたのを覚えています。
正月のどんど焼きといって、
お飾りや書初めを集めて田んぼの一隅で燃やすという、
子供たちにとっては一大イベントのシーンです。
そこで腕白坊主たちが、火の中から一学年上の女の子の書初めを
木の棒で引っ張り出し、書いてあった言葉をみんなで連呼して
囃し立てる場面があるのですが、
ぼくは勝浦の家の近くの広場で毎年行われている
お盆の風景と重ね合わせて覚えていました。
洪作という男の子が主人公で、
曽祖父の妾だった「おぬい婆ちゃ」と一緒に暮らし、
伊豆湯ヶ島の自然の中で成長していく物語です。
大人たちにとっては日常の何気ない風景が、
子供たちにとってはどれだけ驚愕の連続か、
冒険を恐れない子供たちを温かく見守る大人たちの目、
怒られながらも好奇心を抑えられない子供たち、
知らなかったことをちょっとずつ知っていく時の戸惑い……。
誰もが経験し、覚えている「匂い」を懐かしく思い出すと思います。
ぼくが小学校の先生なら、
丸々一年をかけてでも子供たちと一緒に全部読みたいと思いました。
現代の都会の子供たちがこうした田舎の風景や伝統と無縁なら、
一つ一つ説明してあげてでもイメージを持たせてあげて、
ここに描かれていることを小さな胸に届けてあげたいと思いました。
小学校の時に『しろばんば』を読むということは、
何ものにも変えられない経験になるんじゃないかと思います。
小学生のお子さんを持つ大人の人にもぜひ読んでもらいたいです。
たとえばぼくが翻訳家になろうと決めた時に直接的なきっかけになった
F.カーターの『リトル・トリー』などもよく似た雰囲気はあるのですが、
舞台設定が日本でないという点でやはり決定的に異なります。
ぼくは『しろばんば』を読みながら、
本宮の川で遊んだことや、夏になって親戚が古座に勢ぞろいしたことや、
お盆になると近くの広場で供え物を燃やしたこと、
商店街を見下ろすベランダに出てねずみ花火をしたことなどを、
ずっと思い出していました。
思い出すものがある時には、そこには思い出す人もいるものです。
それはきっと豊かで有り難いことなのだと思います。
洪作の周りでも、おぬい婆ちゃは曽祖父の妾だったということで
周囲から白い目で見られていたり、いい大人が意地を張り合っていたり、
優越感を隠そうともしなかったり、必ずしも牧歌的なだけの世界ではありません。
それでもそこには自然で健全な地域や親子のつながりがあり、
その中で子供は子供なりに、自分の立ち位置やら社会性を身につけていきました。
そしてそういう子供の頃の精一杯の経験は、
思い出としてもものすごい財産になります。
そこで覚えたことを忘れない限り、何があってもへこたれることなく、
自分の周りのことを思いやれる強く優しい子に育つはずです。
そんな気がします。
子育てなどしたこともないくせに、
育てられた経験から、そんなことを思いました。
ちょっと長いのですが、夏期休暇やお盆休みを利用して、
あるいは今すぐにでも読んでもらいたいオススメの一冊です。
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