ぼくはついつい色んなことを当然のように思ってしまうところがあるのかもしれません。
もしくは、当然のように思えないことは意識の外に追いやるように目を逸らしたり。
だから色んな変化に対応する準備ができていなくて、すぐに動揺してしまって。
失って初めてその大切さに気づくことは本当に多いものだけど、
普段からその大切さを意識して、
当然のようになど思っていないつもりでも、
たいていのものはぼくの認識や想像を超えて遥かに大切だったりします。
この世の中でいつまでも同じ形で存在し続けられるものなどなく、
笑っていた次の瞬間には泣いていたり、
若いつもりがいつの間にかそこそこの大人になっていたり、
さっきまでは何でもなかったのに急にとんでもないことになってしまったり、
儚いのが世の常なら、
そこに生きる人も常に変化の過程にあるということなのだと思います。
それは生まれた瞬間にさっそく始まることです。
何でも分かったような気になって、
大きな顔で偉そうに毎日過ごしていても、
分かっていないことや思いもよらないことは
その辺にごろごろしています。
それは昨日も去年も十年前も二十年前も同じなのに、
ある時期には呑気に暮らしていられたり、
それが突然不安になったり、
妙な覚悟で変に自信満々になったり、
全く何にも考えていなかったり、
対応する準備とか言っている場合ではなく、
周囲も自分も本当は変化だらけです。
ぼくは何となく昔から、
自分は頑固で、変わろうにも変われない性格だ、
なんていうふうに思っていたところがあります。
自分の性格を少しでも把握して、
そのうえで毎日を自覚的に過ごそうと思っていました。
でも、
毎日を生きるということはそんな傲慢が許されるほど簡単なことではなく、
ぼくなんかの手に負えるものではなく、
もっと大きな流れみたいなものがあって、
そこをどんどん流されていくということなのかもしれません。
そしてその先にあるはずのことも何となく知っているはずなのに
それがどういうことなのかよく分からなくて、
だからそのことについて考えるのはちょっと後回しにしていたりして、
だけど、
どうしようもないなりにやっぱり踏ん張ってみたり、企んでみたり、
そしてそんなことをしていられる間は、
せめて手をつなぎあっていたいと思います。
「夢かもしれない でもその夢を見てるのは
きみ一人じゃない 仲間がいるのさ
ほら、ここにいるぜ」
ととても誇り高いピースサインを掲げていた姿が忘れられません。
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