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2009年2月19日 (木)

髪を切ってもらいながら、翻訳について考えた。

予定では今日髪を切ってもらいに行くつもりだったのですが、
昨日、予約だけしようと思ってお店に行くと、
ちょうど空いているからということで、
そのまま切ってもらいました。

いつもとは違う店に行ったのですが、
初めての場合、平日のお昼に行くと、

 「今日はお仕事はお休みですか?」

と100%の確率で訊かれます。
そしてその流れのまま、
自宅で翻訳をしているという話になり、
ある程度珍しがってもらえるのか、
色々と質問されることになります。

昨日カットしてくれた人はお店を持っている方で、
色んな苦労を乗り越えてこられているのだと思いますが、
色々とぼくの話や立場に理解を示してくれるいい人でした。

そうやって久しぶりに改めて翻訳のことなど話してみると、
最近はあまり意識することがなくなっていたことなども思い出したりして、
しかもその間に髪はさっぱりとカットしてもらえていて、
有意義な時間を過ごすことができました。

そこからまた翻訳を始めた頃に始まって
今日に至るまでのことを色々と反省したりしていたのですが、
翻訳をするうえで当時からずっと強く意識しているのは、
翻訳は自分の作品などではないということです。
作品は英語のままだろうと日本語に翻訳されていようと、
あくまで原作者のものです。

原作で読んでも翻訳で読んでも、
全く同じ(に限りなく近い)イメージを持ってもらえる翻訳が理想です。
それが翻訳であるということは翻訳する者だけが考えればいいことであって、
読者の方にはただ小説として読んでもらえることが望ましく、
そういう翻訳を追求することが、
原作者に対する翻訳家の責任なのかなあと思っています。

これからもそういうスタンスで原作に向き合い、
翻訳していくつもりです。
だけどもちろん、読後にでも

 ところで、これを翻訳したのは……、

という程度に翻訳した者の名前も見てもらえたなら、
とても嬉しいです。

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コメント

ご無沙汰しております。読裏です。貴殿の日記は本当に楽しいのでしっかりチェックしています。相変わらずの目線、リズム感、そして日常と非日常とがうまくミックスされていますよね。感心しきりです。さて、「翻訳の理想」というのは、非常に難しいですよね。と、いうより「損な役回り」とでもいいましょうか・・・(笑)。自分の仕事の完成度を上げれば上げるほど、自分の存在は周りの意識下から消えていくという・・・。でも、ちょっとは最後に僕のことも気がついてね・・・という。これって何かに似ているなぁ~と思ったら、「そうや!サッカーの審判にそっくりかな」と。「最高の審判の仕事はそのゲームに彼がいることをプレーヤーも観客も気付かないことである」という有名な審判の言葉がありました。ね?ちょっと似ていませんか?

投稿: 読裏クラブ | 2009年2月22日 (日) 14時20分

読裏クラブさん、

いつも嬉しくて舞い上がってしまいそうなコメント、ありがとうございます。

翻訳をする身としては、読者の方に本を楽しんでもらえることが何より嬉しいことですし、
もちろん翻訳家としての充実や満足といったこともそこにあるわけですが、
翻訳の過程にもやはり同じように充実や満足を感じることがあって、
両方の充実感が同程度のレベルに達した時には、
ぴったりと原作に寄り添うことができたということで、
達成感も味わえるのかなと思います。

ですから翻訳家としては気づいてもらえない存在でいいのだと思うのですが、
翻訳の面白さを追求していくと、
今度は自分でも創作してみたくなってくるような気がしています。
と同時に、創作の難しさを思い知らされる毎日でもあります。

投稿: jd | 2009年2月23日 (月) 23時29分

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