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2009年2月28日 (土)

居ても立ってもいられたり、いられなかったり。

今月はトム・ウェイツを熱心に聴いていたおかげで、
本来なら居ても立ってもいられなかったはずの

 クラプトン×ジェフ・ベック!

の誘惑にもそれほど興奮することなく、
無事に平穏な日々を過ごすことができました。
80%ぐらいは予定どおりです。
おかげで翻訳も順調です。

まさかここまで苦もなく乗り切ることができるとは思っていなかったのですが、
今は来たるべきあの人の大復活に向けて大人しくしているべき時期で、
いくら世紀の競演とはいえ、迂闊に参加するべきタイミングではないのです。

だけど、一月、二月を大人しく過ごしたのと同じ理由で、
三月は張り切るつもりの予定が二つ入っています。

 梅津和時 プチ大仕事
 仲井戸麗市 ラジオ・スターの夜劇 ~ 冬の次は、春なのだ!

です。

あの人の近況が分からないので、
居ても立ってもいられず、
近しい人たちのライブにどうしても足を運びたくて、
三月はちょっと解禁してみることにしたのです。

楽しみではあるのですが、複雑です。

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2009年2月27日 (金)

スタイル。

明日は久しぶりに晴れるみたいです。

となると気になるのは花粉で、
甜茶生活の成果が試される一日になるはずです。

今のところ全く花粉症の症状は出ていないのですが、
本当に甜茶を飲んでいるからなのか、
それともただ単に外に出ることが少ないからなのか、
たぶん後者だと思っています。

だから花粉が元気に飛び交うことが予想される明日などは
甜茶の威力を知るにはもってこいの日なのですが、
明日も一日中部屋で翻訳する予定です。

時々、これがぼくの生活スタイルなのか、
それとも先に今とは違う生活が待っていて、
それに向かっている途中なのか、
実のところはどうなんだろう???
と思ったりすることもないではありません。

もちろん途中にあるということになるのですが、
そんな根本的なところに疑問を持ってしまうと
たぶんあんまり良くないので、
きっとこういう今の生活がぼくのスタイルなんだろう、
と思い続けて十年近くになろうとしています。

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2009年2月26日 (木)

『JACK KEROUAC reads ON THE ROAD』

『トム・ウェイツ 素面の、酔いどれ天使』を読んでから、
トム・ウェイツも大きく影響を受けたというケルアックを再び読みたくなってきて、
だけど今はゆっくりと読書をする余裕がないので、

 『JACK KEROUAC reads ON THE ROAD』
 『Readings by Jack Kerouac on the Beat Generation』

という二枚のCDを買いました。

  

『reads ON THE ROAD』の方は、
ケルアックの朗読と歌が収録されていて、
『on the Beat Generation』の方は、
全編が朗読です。

ただ、両方とも(今のところ)何を朗読しているのかよく分からず、
まだ十分に楽しめているとは言えません。

『reads ON THE ROAD』は朗読の部分も
バックにデヴィッド・アムラムによるジャジーな演奏が流れていて、
その雰囲気だけでも楽しいのですが、
『on the Beat Generation』は本当に朗読しているだけなので、
今はその言葉の響きやリズムを楽しんでいる程度です。

だけどデヴィッド・アムラムといえば、
50年代にケルアックと共にスポークンワーズ・セッションを行なっていた人物で、
95年には来日して佐野元春ともポエトリー・リーディングのライブを行なっています。
ジョニー・デップやデニス・ホッパーが出演した映画『ビートニク』(1999)でも
音楽を担当していました。

佐野元春と共演した時の音源は、2007年にリリースされた

 佐野元春『BEATITUDE-Collected Poems and Vision 1985-2003』

にも収録されているのですが、
日本語で書かれた佐野元春の詩の内容をどこまで理解していたのか、
フルートやピアノによる息の合った演奏が印象的です。
彼と同じステージに立っていることを
佐野元春がとても嬉しく感じている様子が分かります。

詩を書いて、ライブで朗読して、
しかもそのバックをアムラムのメロディが支えているのです。
言葉が本来持ちうる力について、
非常に勉強になります。

『reads ON THE ROAD』は、
そんなアムラムとケルアックのコラボレーションです。

ポエトリー・リーディング(poetry reading)と言った場合と、
スポークン・ワーズ(spoken words)と言った場合とでは、
ちょっと印象が変わってくるようにも思いますが、
そんなことも意識しながら、
ケルアックのこの二枚はちょっと真面目に聴いてみようと思います。

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2009年2月25日 (水)

順調ウェーブ。

順調に推敲が進んでいます。

何年も前から「Great赤ペンHunting」と銘打ってずっと探していた、
推敲時にぼくのベストパートナーとなってくれる使い勝手のいい赤ペンも
前回の『ファイターズ・ハート』からは決まったものを使うようになったし、
他にも色々と自分なりの進め方が分かってきているので、
余計なことに煩わされず集中できているからだと思います。

それにしても、推敲に限らず翻訳をしている時は、
本当に楽しいし、何よりも嬉しいです。

これからも楽しんでいられるように、
今以上に翻訳できる機会を求めて、
もっと努力しようと思います。

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2009年2月24日 (火)

甜茶リローデッド。

毎日甜茶ばかりガブガブ飲んでいるので、
今月の初めに買った甜茶がさっそく昨日でなくなり、
買い置きをしていなかったので、
今日は甜茶なし生活を送るはめになりました。

昼からいつものドラッグストアに買いに行ったのですが、
前回は一種類しかなかった甜茶が二種類に増えていました。

前回は20袋入りで800円強というそこそこ立派なやつしかなかったので
それを買ったのですが、今回はその他にも、
26袋入りで298円という驚異的な安さを誇るやつがお目見えしていました。

しかしあまりに安すぎるうえに、
パッケージを見る限り、
高い方には明記されている残留農薬に関する注意事項が書かれていないし、
今のところ花粉症に苦しんでいないということは
前回買った高い方はとりあえず効果ありということだと思うし、
さっと行ってさっと買って帰ってくるはずが、
けっこう悩まされました。

だけど、どちらも消費期限が2~3年先だったので、
両方買っておきました。
たぶん買いものマスターとしてはこれで正解だったのだと思います。

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2009年2月23日 (月)

次の二ヶ月分のペース確認。

先週後半から今日にかけて、
明日以降3月、4月のペースを確認しました。

 一日10ページ分、

です。

先週までの翻訳を踏まえて、
一日に原文で10ページ分を、
調べものも含めて推敲していけば、
4月中に一通り終えることができます。

そしてその時点で残った疑問点を、
残りの二ヶ月で調べ尽くす作戦です。

今回は締め切りまで6ヶ月あるので、
その与えられた期間を最大限に利用することを前提に
スケジュールを組んでいるのですが、
本当ならもっとスピードも追求したいところです。

だから一日の中で、
この10ページ分の推敲以外に
できることを増やせるようにしていこうと思っています。

先週までも、一日10ページとか言いながら15ページぐらい進んでいたので、
今度も10ページ以上進めることになるとは思うのですが、
他のこととの兼ね合いもあるので、
目安としての「一日10ページ」という以上のことは決めてしまわず、
後はその日の気分次第ということにするつもりです。

今回の翻訳も順調なので、
順調ウェーブの影響が翻訳以外にも及ぶように、
色々と工夫しながらやっていきたいと思っています。

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2009年2月22日 (日)

苦手分野。

今日は西宮ガーデンズまで歩いて行ってきました。

大体の方角だけ見当をつけて、
細い路地に入っていったり、
迷ったかも???と思ってちょっとウロウロしたりしながら、
1時間以上かかりました。

到着してさっそく昼ご飯を食べ、
色々と店を見て回っていたのですが、
あまりの人の多さにどっと疲れが出て、
あんまり楽しめませんでした。

帰りは雨が降っていたので電車で帰ってきたのですが、
二駅乗って乗り換えてさらに二駅なのですが、
乗り換えの電車の待ち時間が長く、
そして駅から歩く時間も入れると45分以上かかり、
歩くのとあまり変わりませんでした。

西宮以外でも大型ショッピングセンターやアウトレットモールなどに
時々出かけることがあるのですが、
あんまり満喫できたことがありません。

おそらくショッピングが得意ではないのだと思います。

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2009年2月21日 (土)

小さい芽Final.

You don't know what you've got till it's gone.

去年の12月から主役を凌ぐ勢いでその存在を主張していた小さい芽ですが、
花が咲くでもなく、
葉っぱばかりが増え、
種らしきものがぽろぽろと落ち、
ひょろひょろと茎が伸びて
ゴムの木の根元を覆いつくさんばかりに生い茂ってきたので、
今日引っこ抜いてやりました。

根っこはさぞかし土中に長く複雑に張り巡らしているのだろうと思っていたのですが、
しょぼしょぼっと生えている程度でした。
こんな頼りない根っこで土の上ではあんなに賑わっていたのかと思うと、
ちょっと健気に思えてきました。

もはや小さくなどなかった小さい芽を抜いた時は、
懐かしい土の匂いと草の匂いがしました。

ありがとう、小さい芽。
さようなら、小さい芽。

小さい芽のことばかり気にかけている間に、
ゴムの木もびっくりするぐらい葉を増やしていました。
昼間などはちょっとした木陰ができていて、
もう少しすると部屋にいながらにして、
木洩れ日を浴びながらの読書ぐらいは楽しめそうです。

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2009年2月20日 (金)

ジャーン、プッ!

上の部屋からピーヒョロヒョロローと聞こえてくると、
イヤフォンで耳を塞ぎ、
DatePodで音楽を聴きながら
集中力を切らさないようにしているのですが、

今日は清志郎さんの「JUMP」を聴いていて、
去年の武道館のことを思い出したり、
そこから色々考えたりしていて、
自分ではそんなつもりなどなかったのに、
気分はあの日の武道館に飛んでいたのか、
サビの部分で、

 「ジャーン、プッ!」

とでっかい声で一緒に歌ってしまいました。

びっくりしました。
イスと机もガタガタッといいました。
上の部屋の人もびっくりしたと思います。

何か発散しないといけないものが
体の中に降り積もっているのかもしれません。

もう少し暖かくなったら走ろうと思います。

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2009年2月19日 (木)

髪を切ってもらいながら、翻訳について考えた。

予定では今日髪を切ってもらいに行くつもりだったのですが、
昨日、予約だけしようと思ってお店に行くと、
ちょうど空いているからということで、
そのまま切ってもらいました。

いつもとは違う店に行ったのですが、
初めての場合、平日のお昼に行くと、

 「今日はお仕事はお休みですか?」

と100%の確率で訊かれます。
そしてその流れのまま、
自宅で翻訳をしているという話になり、
ある程度珍しがってもらえるのか、
色々と質問されることになります。

昨日カットしてくれた人はお店を持っている方で、
色んな苦労を乗り越えてこられているのだと思いますが、
色々とぼくの話や立場に理解を示してくれるいい人でした。

そうやって久しぶりに改めて翻訳のことなど話してみると、
最近はあまり意識することがなくなっていたことなども思い出したりして、
しかもその間に髪はさっぱりとカットしてもらえていて、
有意義な時間を過ごすことができました。

そこからまた翻訳を始めた頃に始まって
今日に至るまでのことを色々と反省したりしていたのですが、
翻訳をするうえで当時からずっと強く意識しているのは、
翻訳は自分の作品などではないということです。
作品は英語のままだろうと日本語に翻訳されていようと、
あくまで原作者のものです。

原作で読んでも翻訳で読んでも、
全く同じ(に限りなく近い)イメージを持ってもらえる翻訳が理想です。
それが翻訳であるということは翻訳する者だけが考えればいいことであって、
読者の方にはただ小説として読んでもらえることが望ましく、
そういう翻訳を追求することが、
原作者に対する翻訳家の責任なのかなあと思っています。

これからもそういうスタンスで原作に向き合い、
翻訳していくつもりです。
だけどもちろん、読後にでも

 ところで、これを翻訳したのは……、

という程度に翻訳した者の名前も見てもらえたなら、
とても嬉しいです。

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2009年2月18日 (水)

一段落。

2月末、もしかしたら3月に入るかなと思っていた
とりあえず一通りの翻訳が、今日終わりました。
予定よりも10日早いペースです。

だけど今日までは(一応原文を読み込んだうえでのことではあるのですが)
ざっと翻訳したという程度で、
これをベースに、原文と照らし合わせながら、
明日からじっくりと取り組みます。

今日までの翻訳で、
どれだけ読み込めていないかということがはっきりしたので、
本当の翻訳はここからです。

明日からはプリンタのインクと赤ペンを大量に消費しながら、
いよいよ原作の世界に本格的に深く深く入り込んでいこうと思います。

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2009年2月17日 (火)

blessing light.

この間『野のユリ』を観て以来、
意志の力で成し遂げられることとか、
強すぎる意志がかえって邪魔になる場合とか、
一念を強く持っていたいけれど、
同時に柔軟でもありたいし、
それは相反するようでいて、
実はそういうことでもないのかなとか、
伝わる気持ちとか、
別に大したことではないけれど、
なんとなくそんなことを考えていました。

それは映画の中で、
厳格な信仰ゆえに、そしてあまりに過酷な環境ゆえに
人に頭を下げられなくなっていた修道女や、
のん気な性格にも関わらず、あることをきっかけに
大したことを一人で成し遂げてしまうホーマーなど、
彼らの姿を見て感じたことでもあるのですが、
彼女の一途さは誰にも責めることはできないはずだし、
彼の自分中心の考え方は場合によっては危ういものにもなりかねないし、
そういう一見正反対の二人が実はかなり理解しあっていたわけで、
この二人に限らず、
目に見える部分は人それぞれ違っていても、
その奥の方には誰もが共有しているものが、
きっと何かあるんだろうなあと思ったりします。
あってほしいなあと思います。

譲れない気持ちとか、
叶えたい願いとか、
それは平和かも知れないし、
喜びかもしれないし、
愛かもしれないし、
平穏な生活かもしれないし、
想い出かもしれないし、
達成されたらきっと幸せな気持ちになるものだろうし、
そういう根本的な願いを何と名付けるにしても、
共有しているはずのものが一つでもあって、
それを中心にみんながつながっていればいいと思います。

それは隣りの人だけでなく、
遠く離れた人も含めてのことで、
たとえ写真や記憶の中でしか会えなくなった人にも、
そんな想いが届くといいなと思います。

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2009年2月16日 (月)

『素面の、酔いどれ天使』

一年近く買わずにずっと我慢していたのですが、
我慢しきれずに買ってしまいました。

著者のパトリック・ハンフリーズは、
過去にもトム・ウェイツの伝記を書いているようで、
今作もデビュー前から2006年リリースの最新アルバム『オーファンズ』まで、
各アルバムやそれらにまつわる数々の興味深いエピソード、
レニー・ブルース、ケルアック、ディラン、スプリングスティーン、
エルヴィス、リッキー・リー・ジョーンズ、コッポラ、ジャームッシュ……
といった関わりのある人物との接点などについて詳しく語られているようです。

まだ読み始めたばかりなのですが、
さっそく面白いです。
各時代のトムの心境や置かれていた状況などを知った上で
レコードを聴くのも、きっと楽しいことになると思います。

翻訳の合間の楽しみがまた一つできました。

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2009年2月15日 (日)

確定申告。

確定申告の書類をさくさくっと作成しました。

空白のままの欄がまだいっぱい残っているのに
それ以上に記入すべき項目はなく、
ぺらりと必要書類を貼り付けて出来上がりです。

それにしても毎年毎年、
簡単にも程があります。

提出用の封筒は何のつもりなのか、
切り取り線に沿って切って、
山折りして、谷折りして、
糊で貼り付けて自作するやつなのですが、
その封筒の作成に一番時間がかかりました。

毎年ここでちょっと落ち込むところなのですが、
もうこれ以上落ち込む先もないし、
気持ちを一回落ち着けて、
ちょっとずつ手を引っかけるところ足をかけるところを探りながら、
遥か上の方に見える光だけは見失わないようにしたいと思っています。

それにしても確定申告……、
まったく憂鬱な時期です。

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2009年2月14日 (土)

『野のユリ』

シドニー・ポワチエ主演の『野のユリ』(1963)を観ました。

 アリゾナ砂漠を気ままに車で放浪していた青年ホーマー(ポワチエ)が、
 車の故障である一軒家に立ち寄ったところ、
 そこに暮らしていたのは東ドイツから亡命してきた五人の修道女だった。
 貧困にあえぎながら祈ることで日々をどうにか暮らしていた彼女たちは、
 体格のいいホーマーを見て「神が遣わした者」だと信じ、
 何かと彼に頼り、手伝わせ、
 材料も費用もない中で教会まで建設させようとする……、

というようなストーリーです。

思うように言葉が通じない中で信仰だけを頼りに誠実に倹しく暮らす修道女たち、
通りかかっただけのはずで自由奔放だったはずのホーマー、
信仰心は失っていないもののどこか諦めてしまったところのある村人たちなど、
様々に素朴な人々が登場します。

タイトルの「野のユリ」というのは聖書に出てくる言葉で、

 「野のユリがどのように育つのか、注意して見なさい。
 働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。
 栄華を極めたソロモンでさえ、
 この花の一つほどにも着飾ってはいなかった」(マタイによる福音書6.28-29)

に基づいています。
見た目や明日のことなどいちいち思い煩わなくとも、
虚飾を捨てたところに神の恵みが降り注ぐ、
というようなことかなと思います。

カトリックの修道女たちに対して、
ホーマーはバプティストだということで
生活に対する主張は細かいところで食い違うのですが、
互いに聖書を開いて主張しあうところなど、
とても興味深かったです。

ポワチエ演じるホーマーがとても朗らかで、
神だけを信じて融通の利かない修道女たちのペースに巻き込まれながらも、
その明るさで彼女たちの心を動かし、
村人たちの信頼を勝ち取り、
皆と一体になり、
乾いた風が吹き抜けるような村に瑞々しさを与えています。

コメディというわけではないけれど、
コメディタッチのおかしみが散りばめられていて、
ほんわかと心温まるいい映画です。

ジェリー・ゴールドスミスの音楽もさすがに素晴らしかったです。

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2009年2月13日 (金)

甜茶。

今日は妙に暖かい一日でした。

外に出ているわけでもないのに
ちょっと気を抜くと目がしょぼしょぼしているような気がして、
毎日朝から晩まで甜茶をぐびぐび飲んでいます。

甜茶は「舌に甘いお茶」と書くように、
妙に甘いのにおいしくなくて、
妙な甘さがかえって中途半端にマズいのですが、
もう慣れたせいか、
なんとしてでも花粉症を発症させたくないためか、
毎日欠かさず飲んでいます。

おかげで今のところ花粉症に悩まされることもなく、
水分補給もきちんとできて、
毎日順調です。

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2009年2月12日 (木)

『RUN寛平RUN』

配信限定でリリースされた清志郎さんの

 「走れ何処までも/RUN寛平RUN」

をiTunesストアでようやく購入しました。

 *Earth Marathonと銘打って、
 マラソンとヨットで世界を一周している間寛平に贈った
 応援ソングです。

どちらもごりごりのブルーズで、
清志郎さんのフルートとブルースハープが印象的です。
もちろんBooker T. &The MG'sの演奏もゴキゲンです。

いつゴールするとも知れない長い旅をしている者にとって、
こんなに勇気づけられる歌はないというぐらい、
気分が高まってきます。

 ♪すべての路に 喜びがあふれてる
  遥かな希望と ほこりにまみれて(走れ何処までも)♪

数年前に寛平ちゃんが、

 「まだゴールやないんやから、立ち止まる理由がない」

と言っていたのを聞いたことがあります。
立ち止まる理由はないけれど、
立ち止まってみようかな、という誘惑に負けそうになることは
あるかもしれません。
だけどそんな時でも

 「RUN寛平RUN、RUN寛平RUN……」

と繰り返されるフレーズを聴くと、
きっと次の一歩、次の二歩と、
足を踏み出すことができると思います。

アースマラソンに出発して58日目を洋上で迎えている寛平ちゃんからも、
そしてもちろん清志郎さんからも、
ぼくはとてつもなく大きな勇気と元気をもらっています。

ぼくもこれからもこれまで同様、立ち止まるつもりはありません。

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2009年2月11日 (水)

気分転換。

今日は久しぶりに三宮のカフェでちょっとだけ翻訳しました。

行きつけというわけではありませんが、
何度かそこでコーヒーを飲みながら翻訳をしたことがあります。
今日はPCは使わなかったのですが、
そこには電源もあって、
今日はそうでもなかったのですが、
いつもはけっこう空いていて、
禁煙席と喫煙室が仕切られているので集中できます。

これまではどこに行っても、
長居されると困るんじゃないのかなあと気を遣って、
それだけで集中できなかったのですが、
最近は「電源あり(無料)」と積極的に
謳い文句にしているところもあるみたいで、
ぼくみたいに第二のオフィスを求めている者にとって
そういう大らかさは有り難い限りです。

帰りは駅の近くの書店に寄って文庫本を二冊買いました。
ヘミングウェイの『移動祝祭日』と、
中上健次の『紀州』です。

  

ここのところずっと部屋にこもって一日中翻訳していたので、
いい気分転換になりました。
気分転換をしながら翻訳も進めるという、
理想的な一日の形でした。

これでまた明日からしばらく部屋で翻訳を続け、
また頃合いを見計らって外で翻訳する一日を設ける、
という流れで"Groove & Drive"を展開していきたいと思います。

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2009年2月10日 (火)

『Heartattack And Vine』

『天使の宿り木』を観て以来、
BGMはすっかりトム・ウェイツに切り替わりました。

『天使の宿り木』で使われていた「On The Nickel」が収録されているのは、
「Heartattack And Vine」(1980)です。

通算7枚目にあたるアルバムですが、
非常に素晴らしいです。

メランコリックでノスタルジックでポエティックで、
ブルージーでジャジーなところは相変わらずで、
だけどこのアルバムの一番の特徴は、

 濃密なバンド・サウンド

を感じられるところかなと思ったりします。
CDを聴きながら、
ステージで演奏しているところを想像することができます。
全編を通してハモンド・オルガンも印象的です。

メロディアスな曲の中でがちゃがちゃと歪んだ音も効果的で、
後にちょっと実験的なサウンドを取り入れたりするようになりますが、
これはちょうどその過渡期にあったのかもしれません。

聴いていると頭の中で映像が動き出すのも、
トム・ウェイツの特徴だと思います。
深く豊かな味わいが降ってきます。

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2009年2月 9日 (月)

小さい芽4。

もう全く小さくありません。

葉っぱもわっさわっさと生えているし、
この間から白いつぼみのようなものまで出てきました。
少しピンクがかった白で、

 お、これはきっと花が咲くぞ、

と思い、花が咲けば、
ゴムの木の下に勝手に生えてきたこの芽がいったい何なのかが
分かるんじゃないかと期待していたのですが、
どうやらつぼみではなかったようで、
白くなってピンクがかった後で黒ずみ、
そしてその黒い粒のようなものがはらはらと根元に落ち、
その後にはやっぱり小さい葉っぱみたいなのが残っています。

最近はずっとその繰り返しで、
葉っぱの枚数はもはや数え切れません。

そして根元に落ちた黒い粒はもしかして種なんじゃないか、
そうだとするとまたこの葉っぱばっかり生えてくる芽が
わんさか生えてくるんじゃないかと、
そろそろちょっと心配になってきました。

茎もそこそこ太くなってきてはいるのですが、
それ以上にひょろひょろと長いので真っ直ぐ立っていられないようで、
朝見るとあっちに向かってへたっていて、
昼過ぎに見るとこっちに向かってへたっていて、
そして夜には意外としゅっと立っていたりします。

そんな感じで最近ではこれだけ体格の差がありながら、
メインのゴムの木以上に存在感を増してきているのですが、
そろそろ何らかの決断に迫られつつあるように感じています。

でも楽しませてもらっています。

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2009年2月 8日 (日)

『天使の宿り木』

ヴァネッサ・パラディ主演の『天使の宿り木』(2004)を観ました。

 ベルギーの「飾り窓」で働く娼婦のコレット(ヴァネッサ)が、
 店にかかってきた見知らぬ女からの電話を受けたことから、
 孤児院にいるその女の息子を引き取りに行くことになる。
 そして待ち合わせた駅で息子を女に引き渡すことになっていたのだが、
 女は現れず、女が死亡していたことを知る。
 男に捨てられたコレットと身寄りをなくした少年が、
 行くあてもなく旅を続ける中で徐々に心が通いあい……、

というようなストーリーです。
パッケージに、

 「孤独な天使たちは、羽を寄せ合い雨を凌ぐ。」

とあるのですが、
まさにそういう淡く切ない雰囲気の映画でした。

絵画の中に紛れ込んだような、
思わず見入ってしまう景色もファンタジックでよかったし、
ラストで思いがけずかかってきた
トム・ウェイツの"On The Nickel"もよかったし、
時間が経つと、自分が実際に見た風景として
曖昧な記憶の中に思い出しそうな気がします。

今回のヴァネッサ・パラディは、
その役柄、設定のせいか険しい表情が多かったのですが、
それでも相変わらずコケティッシュでした。

監督・脚本は『橋の上の娘』(1998)で脚本・台詞を担当した
セルジュ・フリードマンです。

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2009年2月 7日 (土)

『ニュー・シネマ・パラダイス』

『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)を観ました。
完全版ではない、オリジナルのやつです。

大学生の時に観て以来なので、
17~18年ぶりでした。

村で唯一の娯楽の場である「パラダイス座」に皆が集い、
暗いはずの時代でもユーモアやいたずら心を忘れず、
全編を通して笑顔が象徴的な映画です。

だけどもちろんそれだけで主人公トトの人生や、
トトの父親代わりでもあった映画技師アルフレードの生涯が
語られるものではなく、
彼ら二人を中心とした登場人物たちの、
故郷に対する愛が、ものすごく深く、静かに壮絶でした。

ある者は故郷で一生を過ごし、
ある者は故郷に想いを残して故郷を捨て、
故郷に残された者は去っていった者への想いを胸に秘め、
それぞれの決断を尊重しています。

歳を重ねながら日々を暮らしていく中で、
故郷との関係とか距離という点で
変わっていくものと変わるはずのないものがあると思うので、
時々観ると、その時々で感じることが微妙に違うかもしれないし、
いいと思います。

それにしても少年時代のトトの笑顔はまさに天使です。

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2009年2月 6日 (金)

あれも愛。

部屋を出る時は極力エレベーターを使わずに
階段で上り下りするようにしているのですが、
今日もお昼を買いに行くのに、
階段を駆け下りながらなぜか『愛の水中花』を口ずさんでいたところ、
下から来た人と鉢合わせになり、
恥ずかしい思いをしました。

 「こーれーもー愛、あれーも愛、たぶーん愛、きっと愛……」

というところを、

 「ふーんふーんふーんふふん、ふふんふふふん、
 ふふんふふふん、ふんふふふん……」

と機嫌よく歌っているところに、
あまり知らない人が現れたのです。
その人に気づいた時にはもう、

 歌っていたのはぼくじゃありませんよ、

というフリをするには遅すぎ、
歌うのをやめ、脇にどき、挨拶をし、
その人が行ってしまってからはもう歌う気になれず、
ちょっとしょんぼりと出かけました。

それにしても、
確かに当時はTVでよく聞いた覚えはあるけれど、
こんなもう何十年も聞いたことのなかった歌を
どうして口ずさんでいたりしたのだろうと思います。
古い記憶の引き出しがちょっと開いていたのかもしれません。

ぼくは気を抜いている時に、
『愛の水中花』のように遥か昔に聞いた曲とか、
そんなに知っている歌でもないのにさっき耳にしたばかりの曲とか、
妙な歌を口ずさんでいることが結構あります。

たとえばスーパーの帰りには、
スーパーでかかっていたチープなアレンジの流行歌とか、
そのスーパーのユニークなオリジナルソングとか、
自分では意識していないんだけど、
かなりの頻度でいつの間にか口ずさんでしまっています。

気を抜いている時というのは
ぼくに限らずみんなそんな感じなんじゃないかなあとは思いますが、
もし今日階段で会った人と近いうちにもう一度会うようなことがあれば、

 「あ、愛の水中花の人や」

と思われるかもしれないし、
さらに何度か会うようなことがあっても名前を覚えてもらえるまでは、

 「愛の水中花の人」

として付き合っていくことになるのだろうし、
名前を覚えてもらって仲良くなれば、

 「あの時、『愛の水中花』歌ってましたよね?」

といつ言われるのだろうと
びくびくしながら付き合っていくことにもなりかねません。

それにしてもどうして『愛の水中花』……。

ちなみに『愛の水中花』の作詞者は五木寛之みたいです。
いい歌です。

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2009年2月 5日 (木)

ご注意ください!

宅急便の配達スタッフを装って、

 「関学の同窓会から名簿が届いています」

と電話をかけてきて、
個人情報を聞き出そうとする悪質な、
少なくとも不審な電話が多発しているようです。

もちろん関学の同窓会とも、
宅急便の会社とも無関係です。

関学同窓会のHPでもトップページに

 「ご注意ください!」

と赤字で警告されていますし、
そこにある

 「警察からのアドバイス(PDF)」

にも詳しい状況が書かれていますので、
ぜひ読んでください。

関学以外でも同じようなことが起きているかもしれませんし、
不審な電話は要注意です。

非通知でかかってくるようですので、
対応の仕方はあると思いますが、
それにしてもこういうところは非常に嫌な世の中です。

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2009年2月 4日 (水)

備えあれば……。

近くのドラッグストアで甜茶を買ってきました。

これまでは花粉症とか風邪とか、
そんなしょうもないもんは丸っきり無視していたのですが、
最近はちょっとびびってしまうようになってきました。

朝起きてちょっと鼻がぐすぐすするのかなと思ったら、
迷わず葛根湯を買ってきて飲んでいます。

葛根湯はスピードが命らしいです。
しかも液体タイプが体に浸透しやすくていいということです。
おかしいかな、と思ったらすぐに調達して3時間ごとに飲めば、
風邪みたいなしょうもないもんは一日で退散してしまいます。
ぼくはそうやって葛根湯を飲むようになってから、全勝です。

無視には我慢が伴いますが、
葛根湯に伴うのは費用と余裕です。

花粉症はこれまで毎年発症しているわけでもないので
対策を怠りがちなのですが、
発症した時の辛さはちょっと尋常じゃなかったので、
対策を取っておくにこしたことはありません。

昨夜たまたま、早ければ来週の初めにも花粉が飛散し始める
というニュースを見たので、
これまでの経験で一番自分に合っていると思われる甜茶を、
さっそく今日買ってきたというわけです。

甜茶も、朝、昼、晩と一日三回に分けて飲んで、
甜茶の血中濃度を常に高めておけば
花粉症みたいなしょうもないもんは寄せつけないということです。

備えあれば憂いも患えも我慢も無視も必要ありません。
集中したいのは翻訳だけです。

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2009年2月 3日 (火)

Groove & Drive.

この間から何回「グルーヴィン」と書けば気が済むのかと自分でも思いますが、
今のこの感覚はなんとしてでも体に覚えこませたいので、
それだけ意識的に意識していたいのです。

でも、これまでにも何度か経験しているので、
もうそれほど珍しい感覚というわけでもなくなってきました。
目標としてはこの感覚をもっと日常に近づけることです。

そして今日改めて思ったのは、
流れるようなグルーヴだけでなく、
ドライブする感覚も欲しいということです。

常にリズムを大切にしながら、
一日のうちにも激しくうねるようなメリハリがあり、
週や月単位で見ればさらに大きな怒涛の盛り上がりどころがあり、
その間も深いところでは一定のリズムを刻み続ける、
といった感じです。

それなりに翻訳中の自分の体内リズムというか、
自然なペース配分というか、
集中力の波というか、
そういうものがこれまでの経験である程度分かってきているので、
そこにスケジュールを合わせていけば、
一日のスタートは上手く切れるはずです。
レム睡眠に合わせて目覚まし時計をセットするようなものです。

その後リズムに乗り切れるかどうかは、
何かと何かの歯車が上手く噛みあうかどうかなので、
スタートさえ上手く切ることができれば、
あとは地力がものを言うはずです。
地力があれば発揮できるはずです。

以前は「スポーティーな翻訳」などということも言っていたのですが、
今は「Groove & Drive」がテーマです。

う~ん、カッコいいテーマだ。

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2009年2月 2日 (月)

二月は逃げる。

一月はあっという間に行ってしまったし、
うかうかしていると二月もすぐに逃げていってしまうので、
二月よりも先に三月に到着してやるぐらいのつもりで、
しょねを入れて頑張ろうと思っています。

翻訳のペースは相変わらず順調だし、
気合もさらに入ってきたし、
あとは体調管理をしっかりして、
もっと体を動かす時間も作っていきたいと思います。

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2009年2月 1日 (日)

『Mr.インクレディブル』

先日の『ファインディング・ニモ』に引き続き、
今日もピクサー製作のディズニー映画、

 『Mr.インクレディブル』

を観ました。

 かつてはスーパーヒーローとして世の平和を守っていた
 Mr.インクレディブルことボブは、
 スーパーヒーロー法が撤廃されて以降、
 一般市民として暮らすことを余儀なくされ、
 しがないサラリーマンとして働きながら、
 同じくスーパーヒロインだった妻のヘレンと
 三人の子供たちを養っていた。
 過去の栄光を忘れることができず、
 鬱屈した日々を過ごしているところに
 謎の手紙が舞いこみ、
 ボブたち一家は想像を絶する冒険に巻き込まれていく……、

というようなストーリーで、
家族が一致団結して困難に立ち向かう姿が描かれています。

ストーリーももちろん楽しいし、
ちょっとした人物の表情や、
それぞれのスーパーヒーローのスーパーヒーローっぷり、
世を忍ぶ仮の姿の時にそれぞれが置かれている立場など、
細かいところに可愛いセンスが光っていて、
面白いなあ、と思いました。

音楽も冗談なのか本気なのか、とてもカッコよく、
007やスターウォーズへのオマージュかと思うようなシーンもあったり、
持てる技術やセンスを総動員して
観る者を楽しませようという意気込みがびしびし感じられて、
こういう姿勢は素晴らしいなあと思いました。
見習いたいです。

誰かを楽しませることができるというのは、
ものすごい才能だと思います。

115分と意外と長いのですが、
もちろんそんなことは微塵も感じさせない面白さでした。

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