どこどこの書店さんにはいつもお世話になっています、と書くと、そのどこどこじゃなくてもお世話になっている他の書店さんをないがしろにしているみたいで、なかなか個別の書店さんに対する感謝の気持ちをブログなどで表わすことをためらってしまいます。同じように、母の日といっても女性がみんな母とは限らないし、母のいない子もいるだろうし、アグネス・ブラウン三部作を「愛すべき家族の物語」と呼ぶことで、ほとんど登場しない父が家族の中で果たす役割や存在について実はかなり気になっているし、何かをあえて言うことで、言わなかった他のことが気になります。昨日のしおりの件も、結局はそういうことです。
それでも、『チズラーズ』でマークが21歳の誕生日パーティーで、母のアグネスに向けて言った言葉には感動しました。
「赤いバラの一本目には、ぼくたちのためにママが諦めた全てのことへの感謝の気持ち、二本目には、ぼくたち兄妹全員の精一杯の愛を込めました。そして三本目は、世界中のバラを集めて今夜ここに持ってきたとしても、それでもママにはまだ十分じゃないということを伝えたくて、それで一本追加してもらいました」
というものです。本を読んだり映画を観たりしていていつも思うのですが、伝えたい気持ちをうまく言葉に出して伝えていたり、うまく言葉に出して伝えられない気持ちが作中で伝えられているので読者や視聴者にはうまく伝わっていたり、そこが現実との決定的な違いだと思います。
昔、『伝われ、愛』という中島みゆきの本がありましたが、そのタイトルに込められた意味が最近になってようやく分かるようになってきた気がしています。ぼ
くたちの全ての言動の根本にあるのはやはり愛だと思います。それが基本的には伝えきれていないというもどかしい気持ちが、「伝われ、愛」というとても強い願いになったのかなと思います。
六か月を迎えようとしている息子を見ていると、泣きたいときに泣いて、ぐずりたいときはぐずりたいだけぐずって、気分がよくなると笑って、気がついたら眠っていて、本当に気持ちがいいです。でもそのうち変に無理してみたり、へそを曲げてみたり、他人の反応や目を気にしてみたり、本人にとっても周囲にとっても面倒くさいことになってくるはずです。そしてだんだん気持ちを伝えることが下手くそになってしまいます。思いやりとは違うやせ我慢や、社会性とは違うカッコつけとか、そういうことが必要な時期はあると思いますが、できれば早く抜け出して、本来の自分の姿で周囲と付き合うことができればいいなと、いまだに思っています。
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